出産・育児

妊娠中の仕事は注意が必要!出産まで危機が続いた妻の妊娠生活

2019-12-12

とし
こんにちは、とし(@toshi_papa34)です。

この記事では

2016年に誕生した第一子である長女の妊娠から出産に立ち会った貴重な経験をお話ししたいと思います。

娘は予定日ぴったりに産まれてきましたが、妻の妊娠中は切迫早産出産時に自宅で陣痛間隔が2分になってしまうなど終始危機が続いた、思い出深い出産になったのです。

当記事はこのような方にお読みいただきたい記事です。

  • 現在妊娠中の方
  • これから子どもが欲しいと考えている方

僕の妻の体験談をお読みいただき、これから妊娠・出産する際の注意点としてご参考にしていただけると幸いです。

1 妻の妊娠発覚

f:id:toshi-taikenblog:20191120014514j:plain

妻の妊娠がわかったのは2015年の10月下旬頃。

妊娠検査薬も陽性で、少し様子を見て産婦人科に行くことにしました。

産婦人科を受診し、めでたく妊娠が確認できると僕は自分がパパになるという不思議な感覚に実感が湧きませんでした。

でも反面凄く嬉しくて涙が出そうになったことを思い出します。

ちなみに産婦人科は家から徒歩で3、4分で行ける非常に近い場所にあり、とても助かりました。

後の結末を読めば理由がわかりますが、本当に産婦人科は家から近い方がいいですよ!

今でもつくづくそう思います。

2 妻について

妻の職業は幼稚園の先生で、夫の僕が言うのもなんですが園長先生からかなり信頼されていたようで、毎年クラスの担任を任されていたほどでした。

妻の性格は
  1. 責任感が強い(学生時代は生徒会長、学級委員長、部活の部長を任されていた)
  2. 何事にも一生懸命
  3. 子どもが大好きで園児一人一人と真剣に向き合う
  4. 7年間、仕事を一回も休んだことがない

これらのことから、きっと信頼されていたんだと思います。保護者からもかなりの支持があったようです。

逆にそんな性格だったため、一生懸命になりすぎて妊娠中でも身体をフルに動かし保育に取り組んでいたようです。

3 妊娠中の危機①

ある検診日の事、妻が6ヶ月目くらいの時です。

妻は産婦人科の先生から信じ難い事実を聞かされました。

子宮頸管が非常に短くなっていると。

この時期の平均よりもだいぶ短いらしく、それはお腹の子どもが下がってきてしまっているということを意味しているようです。

切迫早産になる可能性が極めて高いとのことでした。

切迫早産と診断されてしまうと即入院で、出産までベッドで絶対安静のようです。

妻は薬で何とか状態を維持させることになりましたが、無理は絶対禁物と言われました。

先生曰く、職務中の無理が原因とのことでした。

本来なら産休は5月に入ってからだったのですが、園長の気遣いですぐに産休に入らせてもらいました。このとき2月だったので妊娠6ヵ月くらいでした。

年長クラスの担任だったこともあり、妻は卒園まで見届けたかったようで早期産休に入ろうとしません。

僕と園長先生の説得の末、妻も納得し産休に入ることになりましたが、相当悔しかったようでしばらく泣いていました。

妻の気持ちもわかりますが、やはり生まれてくる我が子の命には変えられません。

4 産休中

f:id:toshi-taikenblog:20191120015236j:plain

妻の産休中は少しでも安静にしてもらいたくて僕も出来る限りの家事をしました。

平日は朝ごはんを作り食器洗いまで。洗濯物を干して家をでるときにゴミ捨て。

日中も仕事の合間に妻に連絡し身体の具合を確認していました。

帰宅後は洗濯物をたたみ、食器洗いに風呂掃除。その日の洗濯をして干す。(夜なので部屋干しして翌朝外に干す)

寝る時間は午前1時過ぎでした。この時期は一番辛かったですが僕がやるしかないので頑張りました。

帰宅してからの夕飯作りだとさすがに遅くなるので、妻には夕食だけ作ってもらっていました。

土日はご飯もできるだけ僕が作るようにしましたね。そのおかげで料理の腕もあがり今でもたまに料理を作る時があります。意外と僕の料理もいけますよー(笑)

なんとか流産にならない週数を迎えた時は早産ではあるものの一先ず安心した記憶があります。でもまだ決して安心できる週数ではありません。

ひきつづき妻の体調を気にしつつ安静に過ごしていました。

5 正産期に入ってから

f:id:toshi-taikenblog:20191119231621j:plain

妻は安静の生活をすることで正産期を迎えることができました。ずっと自由に動くことができない生活は辛かっただろうと思います。

産婦人科の定期健診時に先生からも、赤ちゃんも順調に成長しているからもう自由に動いても大丈夫と言ってもらえ、やっと不安が和らぎました。

しかし不思議なもので、いざ正産期を迎えると今まであれほど早産の危機に直面していたにもかかわらず意外と生まれてくる気配がありません。

僕たちは確実に予定日よりだいぶ早く生まれてくると思っていましたから。

今の世の中は便利になったものです。なんでもスマホのアプリであるのですから。

”陣痛アプリ”なんてものもあるなんて驚きです。出産経験がある人にとっては当たり前に知っているものなのかもしれませんが、人生初出産を経験する者からしたら驚きました。

出産予定日の数日前から陣痛を感じさせる症状が始まりました。

僕たちは事前に調べていた情報から前駆陣痛という症状があることは知っていましたが、今起こっているのがはたしてその前駆陣痛なのかがわかりません。

仮に陣痛だったとしてもアプリで計測する限りでは間隔もまだバラバラだったので”前駆陣痛”なのだろうと様子をみていました。

6 危機②

そしていよいよ出産の日が訪れました。その日は丁度出産予定日でした。

前日が検診日で、間隔の空いた陣痛らしき症状があると先生に伝えたところ「まだ今日は生まれないと思うよ。多分あと2、3日だと思う」と診断されていたので今日も生まれてくるとは思っていませんでしたが、妻が苦しそうで一応予定日でもあったため僕も念のため仕事を休むことにしました。

朝方に妻が「昨日より痛い。間隔も狭くなってる」と言うので、病院に行ってみることにしました。

それでも先生からは「子宮も少ししか開いていないからまだ生まれないかな。本当に今日生みたいなら少し散歩してみて!」と言われました。

僕と妻は3分程で家に帰れるところを少し遠回りして帰りました。

家に帰って少しすると陣痛が2~3分間隔になっていました。妻も一層辛そうでしたが先生にも先ほど「まだ生まれない」と言われたばかりだし、どうしていいのか分かりませんでした。

本当に知らないというのは怖いことだと痛感しました。

ソファーにうずくまり本当に辛そうだったので「もう一度病院に電話してみたら?」と妻に言い、電話してみると助産師さんから「まだ話もできているよね?家も近いみたいだし分娩室も今空いていないからもう少し様子みて下さい。」と告げられました。

そう、妻は痛みにとても強い体質だったのです。後に知ったのですが本来妻の状態は喋れないくらい辛いのだとか。。。

僕は電話の対応の指示に対しても「また様子見かよ」と内心イライラしていました。

それから間もなく妻はうずくまりながら信じがたいことを口にしました。

「もう出てきそう・・・」と。

僕はさすがに「もう病院に行こう!!」と言い、とても歩けなそうな妻を見て徒歩で3分くらいの病院に車で連れて行きました。

緊張の出産

f:id:toshi-taikenblog:20191120014802j:plain

病院に着くき僕は妻の状態を説明すると、健診時からの顔なじみの助産師さんが出てきて妻に言いました。

「今陣痛の間隔は何分?」と。

妻はいよいよ喋れない状態になっていて、前屈みになりながら手で”2”と伝えました。

助産師さんは「えっ!!2分!?」ととても驚いており、「何でそんな状態まで我慢したの?」と慌てて車椅子を用意し妻を座らせました。

僕は「そちらが様子を見てもう少し待て。と散々言ってたからだよ!」と内心思っていましたがそれどころではありません。

周りには別の診察に来ている患者さんたちがいて、みんなこの慌てた僕たちのやり取りを何事かと見ていました。

妻はすぐに運ばれていきましたが、分娩室が空いていなかったため急きょ帝王切開用の分娩室に入りました。

「旦那さんは一旦ここでお待ち下さい」と言われ、待合室で待つこと5分。

「用意ができたのでこちらへどうぞ」と分娩室へ案内されました。

恐る恐る部屋に入ると目に飛び込んできたのは見たこともない異様な光景だったのを憶えています。

男の先生と助産師さんが2人。

部屋中に響くお腹の我が子の心拍音!ドクン、ドクンと鳴り響いていました。そして頑張っている妻の姿。

僕はその光景だけで涙がこみあげてきました。

助産師「旦那さんは奥さんの後ろから頭を支えてサポートしてあげてください。」

僕「わかりました!」

正直僕のほうがよっぽどテンパっていたと思います。

助産師「痛くなったら教えて」

妻「痛い・・・」

助産師「はいじゃあ力んで!」

そのやり取りを何回か繰り返しています。

僕はただただ「頑張れ!頑張れ!」と妻の体を摩り応援することしかできませんでした。

男って無力なものだな。と思い知らされた気がします。

助産師「頭が見えてきたよ!もう少しだから頑張って!」

助産師さんがそう言った次の瞬間、「オギャー」と産声が上がりました。

先生「生まれましたよ。女の子です」

僕は一気に肩の力が抜け涙がボロボロ出ました。

「赤ちゃん、こんにちは。やっと会えたね。いろいろあったけどここまで頑張って無事生まれてきてくれてありがとう」

妻にも「今まで長い期間大変だったけどお疲れさま」

そんな気持ちでいっぱいでした。

困難に耐え無事に生まれてきてくれた我が子はとても可愛かったです。

ここの病院では立会いの夫は奥さんの後ろからサポートさせるようにしているそうです。理由は正面からだと出産の光景に気絶してしまう人がいるからだとか。

一段落ついて先生に言われた言葉は、

「2人目をもし生む時はここまで耐えずもう少し早く病院に来てください。初産だったから耐えられたものの2人目だったら間に合いませんでしたよ!」と。

いい教訓ができました。今回の経験を踏まえて2人目は気をつけよう。

結局、妻は本来陣痛室にいる時間を自宅で過ごしいきなり分娩台からスタートし、分娩台に座ること僅か30分たらずで出産しました。

現在娘は元気に3歳6ヵ月を迎えようとしています。

お読みいただきありがとうございました。

  • この記事を書いた人

とし

【ニックネーム:とし】 年下の彼女と年の差恋愛を経て2013年に結婚!! 娘と息子が産まれ4人家族に! 年の差:8歳 お付き合い期間:8年 夫婦生活:8年目 サプライズ計画のプロポーズで見事大成功経験あり⇒周囲の女性からも大絶賛の声。 妻と入念な準備から大満足な結婚式を挙げる。 【執筆内容】 ・年の差恋愛を円満にする方法 ・成功率アップのプロポーズ方法 ・年の差夫婦が幸せに送る家庭生活術 ・父親の上手な育児のポイント

-出産・育児
-

© 2021 幸せLife Powered by AFFINGER5